むかしむかし、あるところに、ルナという名前の、真っ白な子猫がいました。
ルナの毛は、まるでふわふわの雲のようで、おひげはぴんと上を向いています。
瞳の色は、澄んだ夜空と同じ、きれいな青色でした。
ルナは、とっても好奇心旺盛な猫。
昼間は、ひらひら舞うちょうちょを追いかけたり、お庭の草の匂いをかいだり、日当たりの良い場所でお昼寝をするのが大好きでした。
でも、ルナが一番好きだったのは、夜の時間でした。
お月さまが優しく世界を照らし、星たちがキラキラとまたたく夜空を、窓辺から眺めるのが、何よりも好きだったのです。
「きれいだなぁ。お星さまは、どうしてあんなにキラキラしているんだろう。いつか、あそこまで行ってみたいな」
ルナはいつも、そんなことを考えていました。
ある静かな夜のことです。
その日もルナは、いつものように窓辺に座って、夜空を眺めていました。
空には、銀色のお皿のようなお月さまと、数えきれないほどの星たちが輝いています。
その中でも、ひときわ大きく、ダイヤモンドのようにキラキラと光る星がありました。
ルナが、その星にうっとりと見とれていると、不思議なことが起こりました。
その大きな星が、すーっと夜空を滑り落ちて、まっすぐルナのお庭に向かってくるではありませんか。
「わぁっ!」
ルナはびっくりして、少しだけ体を丸めました。
星は、しゅるしゅるしゅるーっと、優しい音を立てながら落ちてきて、お庭の真ん中にある、一番大きなかしの木の下で、ぴたっと止まりました。
落ちた場所は、ぽわっと明るく光っています。
ルナは、ドキドキする心臓を押さえながら、そろーり、そろーりと、光の方へ近づいていきました。
足音を立てないように、肉球をそっと地面につけて歩きます。
かしの木の下まで来てみると、そこに星はありませんでした。
そのかわり、星が落ちた場所に、ルナがちょうど通れるくらいの、小さな木の扉ができていたのです。
その扉は、星のかけらを散りばめたように、キラキラと淡い光を放っていました。
そして、どこからか、ほんのり甘い、お花の蜜のような、とっても良い香りがしてきます。
くんくん。
ルナは、鼻をひくひくさせて、匂いをかいでみました。
今までかいだことのない、夢の中のような、甘くて優しい香りです。
「この扉のむこうは、どうなっているのかな」
好奇心で、胸がいっぱいになりました。
少しだけ怖かったけれど、「知りたい」という気持ちの方が、ずっと大きかったのです。
ルナが、その不思議な扉に、ちょん、と前足をかけてみると、扉は、きぃ…と静かな音を立てて、ゆっくりと開きました。
扉の向こうは、信じられないような世界でした。
そこは、壁がふわふわの雲でできた、不思議な迷路の入り口だったのです。
壁の雲は、ほんのりピンク色や水色に色づいていて、触ってみると、綿あめのように柔らかでした。
足元の道には、水晶のように透き通った、光る石が点々と置かれています。
ルナが、その石の上にそっと乗ってみると、「ぽろん」と、ハープのような優しい音が鳴りました。
もう一度、別の石に乗ってみると、今度は「ちりん」と、鈴のようなきれいな音がします。
「わぁ、すごい!」
ルナは楽しくなって、わざと光る石の上だけを選んで、歩き始めました。
ぽろん、ちりん、ぽろん、からん。
まるで音楽を奏でているように、ルナが歩くたびに、道が歌ってくれます。
甘い香りと、きれいな音に包まれて、ルナは迷路の奥へ、奥へと進んでいきました。
しばらく歩いていると、道の両側が、まるでお菓子の森のようになりました。
地面はサクサクのビスケットでできていて、歩くと、こころもち良い音がします。
木は、チョコレートの幹に、葉っぱの形をした緑色のグミがついていました。
そして、足元には、赤や黄色やピンク色の、きれいなキャンディーのお花が咲いています。
「なんて素敵な場所なんだろう!」。
ルナは、あまりの素晴らしさに、目をぱちくりさせました。
あまりにおいしそうなので、チョコレートの木を、ぺろりと舐めてみると、本当に甘いチョコレートの味がしました。
ルナが、夢中でお菓子の森を歩いていると、木の陰から、ひょっこりと誰かが顔を出しました。
大きな尻尾を持った、かわいらしいリスさんです。
「こんにちは、白くて可愛らしいお客さん」
リスさんは、小さな木の実を両手で持ちながら、にこにこと話しかけてきました。
「こんにちは、ぼくはルナ。あなたは?」
「わたしは、この森の案内役よ。迷ってしまったのかしら?」
「うん。ここはどこなの?とっても良い香りがして、きれいな音がするんだ」
リスさんは、にっこり笑って言いました。
「ここはね、『おやすみ前の迷路』よ。頑張った一日を過ごした子が、素敵な夢を見るためにやってくるところなの」
「そうなんだ!」
ルナは、なんだか嬉しくなりました。
「もし良かったら、この迷路のヒントを教えてあげるわ。この先、道が二つに分かれているけれど、一番甘い香りがする方へ進むといいわよ」
そう言うと、リスさんは、ふわふわのマシュマロでできた雲を指さしました。
「さあ、少し休んでいくといいわ。このマシュマロの雲は、食べてもなくならないのよ」
ルナはリスさんにお礼を言って、一緒にマシュマロの雲を少しだけ、ぱくっと食べてみました。
口の中で、しゅわーっと溶けて、優しい甘さが広がります。
体も心も、なんだかぽかぽかしてきました。
リスさんに手を振って、ルナはまた、迷路の冒険を続けることにしました。
リスさんに教えられた通り、一番甘い香りがする方へ、くんくんと鼻を頼りに進んでいくと、今度は、さらさらと水の流れる音が聞こえてきました。
目の前には、キラキラと七色に光る、美しい川が流れています。
その川は、水ではなく、まるで音楽そのものが流れているかのようでした。
近づいてみると、川の流れに合わせて、優しいメロディーが聞こえてきます。
「きれいな川だなぁ。でも、橋がないや。どうやって渡ろう?」
ルナが困って、川の周りを見渡していると、岸辺の大きなキノコの傘の下で、誰かが丸くなって眠っているのを見つけました。
長い耳に、真っ白な毛。
うさぎさんです。
うさぎさんの隣には、小さなハープが置いてありました。
ルナが、どうしようかと考えていると、うさぎさんは、むにゃむにゃと寝言を言いました。
「うーん、あとすこしで、とっても素敵な曲が、できあがりそうなんだけどなぁ…」
どうやら、夢の中で作曲をしているようです。
ルナは、うさぎさんを起こさないように、そーっと近づいて、得意の喉を鳴らしてみることにしました。
ごろごろ、ごろごろごろ…。
ルナの喉の音は、聞いていると、とても安心する、魔法の音です。
その音は、眠っているうさぎさんの耳にも、優しく届きました。
うさぎさんは、心地よさそうに、ふぁ~っと大きなあくびをすると、ゆっくりと目を開けました。
「ああ、よく眠った。なんだか、とっても素敵なメロディーが聞こえてきたような…」
うさぎさんは、目の前にいるルナに気づいて、にっこりしました。
「君が、その素敵な音を聞かせてくれたのかい?」
ルナは、こくんと頷きました。
「ありがとう、おかげで夢の中で作っていた曲が、完成しそうだよ」
うさぎさんは、お礼にと言って、隣に置いてあったハープを手に取りました。
そして、キラキラ光る音の川に向かって、美しいメロディーを奏で始めたのです。
ぽろろん、ぽろろろーん…。
うさぎさんが奏でる音楽に合わせて、川の中から、光る音符たちが、ぷくぷくと浮かび上がってきました。
音符たちは、一列に並んで、あっという間に、川の向こう岸まで続く、きれいな橋になったのです。
「さあ、渡っておくれ。この橋は、優しい気持ちにだけ反応する、魔法の橋だからね」
ルナは、うさぎさんにお礼を言って、音符の橋を渡りました。
一歩進むごとに、足元から優しい音楽が聞こえてきます。
まるで、空の上を歩いているような、不思議な気持ちでした。
音符の橋を渡りきると、目の前には、どこまでも続く、広場が広がっていました。
その広場は、虹色の、ふわっふわな絨毯で、一面が覆われています。
あまりの気持ちよさに、ルナは思わず、ごろーんと寝転がってしまいました。
体が、ゆっくりと絨毯に沈み込んで、まるで雲の上にいるようです。
気持ちが良くて、だんだん眠くなってきました。
ルナが、うとうとしながら転がっていると、もこもことした、たくさんの白い生き物が近づいてくるのが見えました。
羊さんたちです。
羊さんたちは、それぞれ、色とりどりの毛糸玉で遊んでいました。
「あらあら、小さなお客さんだね」
一番体の大きな、お母さん羊が、優しい声で話しかけてきました。
「この絨毯は、気持ちがいいだろう?わたしたちの毛で、編んだんだよ」
ルナは、気持ちが良くて、ごろごろと喉を鳴らしながら答えました。
「うん、とっても気持ちいい。おひさまの匂いがする」
羊さんたちは、それを見て、くすくすと笑いました。
「疲れたのかい?眠くなったら、これを枕にするといい。きっと、良い夢が見られるよ」
そう言って、羊さんたちは、ルナに一番柔らかくて、暖かい、真っ白な毛糸玉をプレゼントしてくれました。
その毛糸玉は、ほんのり暖かくて、抱きしめていると、心が落ち着きます。
「ありがとう。ねぇ、この迷路の出口は、どっちにあるの?」
ルナが尋ねると、羊さんたちは、みんなで空を見上げました。
「あそこをごらん。一番大きく、きれいに輝いている星が見えるだろう?」
見上げると、夜空には、ルナが最初に見た、あのダイヤモンドのような星が、ひときわ大きく輝いています。
「あの星に向かって、まっすぐ進んでごらん。そうすれば、出口はすぐそこだよ」
ルナは、羊さんたちに何度もお礼を言って、もらった毛糸玉を大切に抱えながら、一番星を目指して、再び歩き始めました。
ふわふわの絨毯の広場を抜けると、だんだんと夜空が近くなってくるのが分かりました。
星たちのまたたきが、すぐそばで聞こえてくるようです。
そして、ついにルナは、一番星の真下までやってきました。
そこには、迷路に入ってきた時と、全く同じ、キラキラと光る小さな扉が、静かにたたずんでいます。
扉の向こうからは、月の光が、優しく差し込んでいました。
ルナが、そっと扉を開けると、そこにいたのは、大きくて、にこにこと笑っている、「お月さま」でした。
お月さまは、とても優しい顔で、ルナを見つめています。
「やあ、ルナ。よくここまで来たね。迷路の冒険は、楽しかったかい?」
お月さまの声は、まるで子守唄のように、穏やかで、心に響きます。
「うん!とっても楽しかった!お菓子の森や、音楽の川や、ふわふわの広場に行ったよ」
ルナが、わくわくしながら話すと、お月さまは、ますますにっこりと笑いました。
「そうかい、そうかい。それは良かった。頑張ってゴールまでたどり着いた君に、プレゼントをあげよう」
そう言って、お月さまは、銀色に輝くお皿を、ルナの前に差し出しました。
お皿の上には、小さな星の形をしたクッキーが、一つだけ乗っています。
そのクッキーは、甘くて、バターの良い香りがしました。
「この迷路はね、頑張った一日の終わりに、素敵な夢を見るための、特別な入り口なんだよ。このクッキーを食べれば、きっと、今日の冒険の続きの、楽しい夢が見られるだろう」
ルナは、お月さまに、丁寧におじぎをして、お礼を言いました。
「お月さま、ありがとう」
ルナがそう言うと、あたりが、まぶしいくらいの、優しい光に、さーっと包まれました。
なんだか、とっても眠くなってきて、ルナのまぶたは、自然に、とろんと閉じていきました。
次に、ルナが、ふと目を覚ましたとき…。
そこは、不思議な迷路ではありませんでした。
いつもの自分の部屋の、お気に入りの、柔らかいベッドの上でした。
窓からは、朝の優しい光が差し込んでいます。
「あれ…?夢だったのかな…?」
ルナは、まだ少しぼんやりとしながら、体を起こしました。
すると、自分の前足が、何かをぎゅっと握りしめていることに気づきました。
そっと開いてみると…。
そこには、羊さんたちにもらった、ふわふわの真っ白な毛糸玉と、お月さまにもらった、星の形をしたクッキーが、ちょこんと乗っていたのです。
クッキーは、欠けることなく、きれいな星の形をしていました。
夢ではなかったのです。
ルナは、嬉しくなって、星のクッキーの先を、ほんの少しだけ、かりっとかじってみました。
口の中に、優しい甘さと、バターの香りが、ふわーっと広がります。
それは、今まで食べたどんなおやつよりも、おいしい味がしました。
ルナは、残りのクッキーを大切にしまい、羊さんにもらった毛糸玉を、ぎゅーっと抱きしめました。
まだ、ほんのりと暖かさが残っています。
ルナは、毛糸玉を枕にして、もう一度、ベッドにごろんと横になりました。
不思議な迷路の冒険を思い出しているうちに、また、心地よい眠気がやってきました。
「また、あの迷路に行きたいな…」
ルナは、甘いクッキーの余韻を感じながら、幸せな気持ちで、再び、すーっ、すーっと、静かな寝息を立て始めました。
これから毎晩、眠りにつくのが、もっともっと、楽しみになったルナなのでした。
