むかしむかし、空がどこまでも青く、山々の緑が目にまぶしい、小さな谷の村がありました。
その村は、いつからか「虹の谷の村」と呼ばれていました。
なぜなら、ひと雨降ったあとには、決まって空に大きくて美しい虹が架かるからです。
村に住むソラという男の子は、その虹が大好きでした。
ある日の午後、ざあっと気持ちのよい通り雨が降りました。
しばらくして雨がやむと、東の空に、それはそれは見事な七色の橋が架かったのです。
赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。色がきれいな順番に並んで、空に壮大なアーチを描いています。
ソラは庭に飛び出して、空を見上げました。
「わあ、きれいだなあ」
ソラの隣には、いつも一緒の、ふわふわと浮かぶ小さな雲の友達、フワがいました。
フワも虹を見て、体をきらきらと嬉しそうに輝かせます。
「本当にきれいだね、ソラ」
ソラは虹をじっと見つめながら、ふと思いました。
「ねえ、フワ。どうして虹はできるんだろう。僕、あんなに素敵な虹を、この手で作ってみたいな」
フワは少し考えて、ぽわんと言いました。
「虹を作るなんて、できるのかなあ」
「うん、きっとできるよ。作り方がわかれば、きっと」
ソラはいてもたってもいられなくなりました。
「そうだ。村のはずれに住んでいる、星読みのトキさんに聞きに行こう」
トキさんは、星や空のことなら何でも知っている、物知りでとても優しいおじいさんです。
ソラとフワは、トキさんの住む小さな丘の上の家へと向かいました。
トキさんの家は、たくさんの古い本と、不思議な形をした大きな望遠鏡でいっぱいでした。
「やあ、ソラ。フワも一緒じゃな。どうしたんじゃ、そんなに目を輝かせて」
椅子に座って本を読んでいたトキさんは、ソラたちに気づくと、にっこりと微笑みました。
ソラは息をはずませながら言いました。
「トキさん、教えてください!さっき、空にすごくきれいな虹が出たんだ。僕、あの虹を自分で作ってみたいんです。どうしたら、虹は作れるんですか?」
トキさんは、ほう、と優しく息をつくと、ソラの頭をそっと撫でました。
「虹を作りたい、か。それは素敵な夢じゃな。よし、ソラ。虹の秘密を教えてあげよう」
トキさんは、窓辺に置かれたガラスの飾りを手に取りました。
それは、たくさんの面に切り込みが入った、水晶のように美しい飾りです。
「虹はな、太陽の光と、空気の中に浮かぶ小さな水の粒が織りなす、光の魔法なんじゃよ」
トキさんはそう言うと、ガラスの飾りを窓から差し込む光にかざしました。
すると、どうでしょう。部屋の壁に、くっきりとした小さな虹が映し出されたのです。
「わあ……」
ソラとフワは、その美しさに思わず声をあげました。
「太陽の光は、いつもは一つの色に見えるじゃろう。けれど本当は、たくさんの色が混ざり合って、白く、透明に見えているだけなんじゃ」
トキさんの話は、まるでおとぎ話のようでした。
「このガラスのように、雨上がりの空には、目に見えないほど小さな水の粒がたくさん浮かんでおる。
太陽の光が、その小さな水の粒の中を通るときに、ちょっぴり進む道を変えるんじゃな。これを『屈折』という。
そして、水の粒の向こう側で光は鏡のように反射して跳ね返り、こちら側に戻ってくるときに、もう一度ちょっぴり曲がるんじゃ」
トキさんは続けました。
「この、水の粒の中での光の旅が、まるで魔法のプリズムのように、光の中に隠れていた色たちを分けてしまうんじゃ。
赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。それぞれの色は、少しずつ違う角度で水の粒から飛び出してくる。
だから、私たちの目には、美しい七色の帯になって見える、というわけじゃな」
ソラは、なるほど、と大きくうなずきました。
「じゃあ、太陽の光と、小さな水の粒があれば、虹は作れるんだね!」
「その通りじゃ」とトキさんはにっこり笑いました。
「ただし、一つだけ大切なことがある。虹は、いつも太陽と反対側の空に見えるのを知っておるかな。
あれはな、虹を見るためには、太陽の光を背中に受けて、水の粒のスクリーンを見る必要があるからなんじゃよ」
ソラは胸がいっぱいになりました。
「ありがとう、トキさん!僕、やってみるよ!」
ソラとフワはトキさんにお礼を言うと、元気よく家を飛び出しました。虹作りの冒険が、今、始まります。
ソラとフワは、さっそく虹作りに取りかかりました。
お父さんの水やり用のじょうろで水を撒いてみたり、ホースで霧のようなシャワーを出してみたり。
太陽を背にして水を撒くと、キラキラした飛沫の中に、確かに小さな虹が生まれました。
でも、それは空に架かるような大きな虹ではありません。
小川へ行くと、岩に当たって砕けるしぶきの中に、たくさんの小さな虹が踊っていましたが、やはりささやかなものでした。
その夜、ソラは少しがっかりしてトキさんに報告しました。
「大きな虹には、もっともっと、本当にたくさんの水の粒が必要なんじゃ。
それこそ、空から降ってくる雨の粒くらい、数えきれないほどのな。
人間ひとりの力では、なかなか難しいことかもしれんなあ」
トキさんの言葉にしょんぼりするソラを見て、おじいさんは優しく続けました。
「だが、諦めるのはまだ早い。この谷の一番奥に、『きらめきの滝』と呼ばれる場所がある。
その滝はいつも霧のような細かい水しぶきを舞い上げていて、晴れた日の午後には、数えきれないほどの虹が生まれると言われておる。
もしかしたら、そこに何かヒントがあるやもしれんぞ」
ソラの目は、再び輝きました。
「きらめきの滝……行ってみる!」
次の日、ソラとフワは、きらめきの滝を目指して冒険に出発しました。
森を抜け、小川を越え、谷の奥へと進んでいくと、ゴーッという水の音が聞こえてきました。
木々が開けた瞬間、二人は息をのみました。
巨大な岩の上から、白い絹のように水が流れ落ちる大きな滝が姿を現したのです。
滝から舞い上がる霧のような水しぶきに午後の太陽が差し込み、あたり一面に、キラキラと輝く無数の小さな虹が生まれていました。
「うわあ……なんて、きれいなんだ……」
まるで虹の宝石箱をひっくり返したような光景に、二人は時の経つのも忘れて見とれていました。
その時でした。さっきまで晴れていた空ににわかに黒い雲が広がり、ゴロゴロと雷の音が響き、大粒の雨が降り始めたのです。
夕立です。ソラとフワは、急いで大きな岩陰で雨宿りをしました。
激しかった雨が少しずつ弱まり、空のカーテンが開くように西の雲が切れました。
そこから、燃えるようなオレンジ色の夕日が差し込んできたのです。
雨はまだ、光る霧のように降っています。
その瞬間でした。ソラとフワの目の前で、信じられない光景が広がったのです。
雨上がりのきらめく空気の中、きらめきの滝が作り出す膨大な水しぶきをスクリーンにして、空に向かって、これまで見たこともないほど大きくて色鮮やかな虹が架かったのです。
夕日を浴びて、赤や橙の色が燃えるように輝いています。
滝壺から生まれ、ぐんぐんと空へと伸びていく、巨大な光の橋。
ソラは、あまりの美しさに言葉を失いました。
滝が生み出す水の粒、雨がもたらした水滴、そして雲の切れ間から差し込む奇跡のような夕日。
そのすべてが一つになった時、この世のものとは思えないほど美しい虹が生まれたのです。
ソラは、呆然としながらつぶやきました。
「僕が……作ったんじゃない。でも……虹の作り方が、わかった気がする」
そう、虹は、誰か一人が「作る」ものではなかったのです。
太陽と、水と、空。みんなが力を合わせ、奇跡のようなタイミングが重なったときにだけ現れる、空からの贈り物だったのです。
すっかり夕日に染まった空の下、ソラとフワは、満ち足りた気持ちで村への道を帰りました。
あの大きな虹はもう消えましたが、ソラの心の中には、七色の輝きがはっきりと残っています。
トキさんに今日の出来事を話すと、おじいさんは目を細めて頷きました。
「そうか、そうか。きらめきの滝で、奇跡の虹に出会えたんじゃな。虹の本当の心に、触れることができたようじゃのう」。
「うん」とソラは頷きました。
「虹は、作るものじゃなくて、生まれるものなんだね。太陽と、お水と、空が、みんなで協力して見せてくれる、プレゼントなんだ」
「その通りじゃよ」とトキさんは微笑みました。
「虹は空からの贈り物。そして、それを見つけた人の心を、今日のソラのように、キラキラに照らしてくれるんじゃよ」
ソラは家に帰り、温かい夕ご飯を食べ、お風呂に入って、ふかふかのベッドにもぐりこみました。
隣では、冒険に疲れたフワが、もうすうすうと小さな寝息を立てています。
ソラはそっと目を閉じました。すると、まぶたの裏に、今日見た、あの大きくて美しい虹が浮かんできます。
七色の光が、ゆっくりとソラの体を包み込んでくれるようです。
なんて暖かくて、幸せな気持ちなんだろう。
虹は作れなかったけれど、虹の秘密を知ることができた。
虹が生まれる、あの素晴らしい瞬間に立ち会うことができた。
それだけで、ソラは心から満足でした。
「明日も晴れるといいな。そしたら、またどこかで、新しい虹に会えるかもしれない」
そんなことを考えているうちに、ソラの意識は、だんだんと優しくてあたたかい夢の世界へと溶けていきました。
きっと今夜は、虹の橋を渡って、雲の上を散歩する、キラキラした夢を見ることでしょう。 おやすみなさい、ソラ。また明日、素敵な一日が待っていますよ
