むかしむかし、ある山里に、二人のじいさんが住んでいました。
一人は、いつもニコニコと笑顔の正直じいさん。もう一人は、いつも他人の持ち物を欲しがる、欲張りじいさん。
二人は、同じ山に登って、薪をとったり、草を刈ったりして、日々の糧を得ていました。
正直じいさんは、貧しいながらも、毎日を大切に生きていました。
ある日、正直じいさんは、いつものように山へ出かけました。
奥深い森に入り、汗を流して一生懸命に木を切り、それを束ねていました。
お昼になり、じいさんは、背負ってきた荷物を下ろし、腰を下ろして、妻が握ってくれたおむすびを取り出しました。
そのおむすびは、白いご飯の中に、梅干しがちょこんと入った、素朴だけれど、とても美味しいおむすびでした。
「さて、いただきますか」と、じいさんがおむすびを手に取った、その瞬間です。
ツルッ!
手が滑って、おむすびが一つ、コロコロコロと転がり出してしまいました。
おむすびは、小さな地面のくぼみを伝って、坂道を勢いよく下っていきました。正直じいさんは、あっけにとられて、ただ見送るしかありませんでした。
やがて、おむすびは、一本の古い木の根元に開いた、小さな穴の中に、ポトリと落ちてしまいました。
正直じいさんは、ちょっとがっかりしましたが、「まあ、仕方ない。運命だ」と笑って、残りの二つのおむすびを食べようとしました。
すると、おむすびの落ちた穴の奥から、不思議な歌が聞こえてきたのです。
♪おむすび、ころりん、すっとんとん♪じいさん、おむすび、すっとんとん
正直じいさんは、「これは面白い!」と、思わず声を上げて笑いました。
優しい気持ちになったじいさんは、「穴の中にいる誰かの、おやつになったんだろう」と思い、もう一つのおむすびを、穴の前に差し出しました。
「さあ、これも食べなさい。きっと腹が減っているんだろう」
じいさんが、そう言って手を離すと、そのおむすびもコロコロコロと転がって、さっきと同じ穴の中に、ポトリと落ちてしまいました。
すると、穴の中から、先ほどよりも嬉しそうな歌が聞こえてきました。
♪おむすび、ころりん、すっとんとん♪じいさん、おむすび、すっとんとん、もうひとつ、すっとんとん
正直じいさんは、その楽しい歌声が気に入ってしまいました。
「よし!こうなったら、残りの一つも、お前さんたちにあげよう。腹を空かせて仕事はできないから、また家で握ってもらえばいいさ」
じいさんは、一番大きなおむすびを、穴のそばにそっと置きました。
おむすびは、優しく転がって、三つ目も穴の中に消えました。
すると、今度は穴の奥から、賑やかで、感謝の気持ちのこもった声が聞こえてきました。
「正直じいさん、ありがとう!さあ、こっちへおいで!」
穴の奥から、声に誘われるようにして、じいさんはそっと穴を覗き込みました。
すると、穴の中は、ネズミの親子たちが住む、きらきらと光る、不思議な世界になっていました。
ネズミたちは、おむすびをごちそうになり、大喜びで、じいさんを招き入れました。
そして、「お礼に」と、ネズミたちはじいさんに、山盛りの米俵と、金銀財宝の入った箱をくれました。
正直じいさんは、驚きましたが、ネズミたちに心から感謝し、「こんなにたくさん、ありがとう」と、もらった宝物を持って、山を降りました。
正直じいさんが、大金持ちになった話は、すぐに欲張りじいさんの耳に入りました。欲張りじいさんは、悔しくてたまりません。
「ちぇっ!あの、のろまな正直じいさんが大金持ちになれたなら、この賢い私がもっと大金持ちになれるはずだ!」
欲張りじいさんは、さっそく、妻に、大きくて、塩辛くて、特別に美味しいおむすびを、たくさん握らせました。
そして、正直じいさんがおむすびを落とした、あの古い木の穴の場所へ向かいました。
「ふん。わざと、おむすびを落としてやるんだ!」
欲張りじいさんは、穴の前に座り、一つ目のおむすびを、わざとらしく『ドスン!』と穴に落としました。
穴の中から、小さなネズミの声が聞こえてきます。
♪おむすび、ころりん、すっとんとん
欲張りじいさんは、ニヤリと笑い、「フン!わしの高級なおむすびを食わせたんだから、もっといいものをもらうぞ!」と、二つ目のおむすび、三つ目のおむすびも、次々に落としました。
そして、正直じいさんがしたように、穴の奥に向かって、大声で叫びました。
「おい!わしは、おむすびを三つもやったんだ!早く、わしを招き入れろ!金銀財宝をよこせ!」
ネズミたちは、突然の大きな声と、図々しい態度に驚き、怯えてしまいました。
ネズミたちは、正直じいさんのように優しく、気持ちよくおむすびをくれた人には、心から感謝しました。
しかし、この欲張りじいさんは、まるで恩を売るようにおむすびを投げ込み、そして、すぐに報酬を要求する、心の醜い人だということが、すぐに分かったのです。
ネズミたちは、怒ってしまいました。
ネズミたちは、欲張りじいさんを懲らしめることにしました。
ネズミの親分は、穴の奥から、正直じいさんを呼んだ時と同じように、声をかけました。
「欲張りじいさん、おむすびをありがとう!さあ、お礼をあげよう!こっちへおいで!」
欲張りじいさんは、大喜びで、穴の中に頭を突っ込みました。そして、正直じいさんの時と同じように、穴の中に体を入れたその瞬間です。
ネズミたちは、一斉に、「チューチュー!」と鳴きながら、じいさんの服や、頭や、顔に、噛み付く真似をして飛びつきました。
もちろん、本当に噛み付いたわけではありませんでしたが、ネズミだらけになった欲張りじいさんは、ひどく驚き、怖がってしまいました。
「うわあああ!ネズミだ!ネズミの祟りじゃ!」
欲張りじいさんは、穴から転がり出て、一目散に山を駆け下りました。
金銀財宝どころか、大切なおむすびもネズミに取られ、ボロボロになって家に帰りました。
それ以来、欲張りじいさんは、二度と正直じいさんの真似をすることはなくなりました。
彼は、自分の欲深さが招いた失敗を、静かに反省したのです。
正直じいさんは、ネズミたちにもらった宝物で、貧しいながらも平和に暮らしました。
彼は、宝物よりも、困っている誰かに、そっと優しさを差し出した、あのおむすびの時の気持ちを、何よりも大切にしました。
