【日本昔話】かさ地蔵【目安時間10分】

むかしむかし、雪深い山あいの村に、正直で心優しいおじいさんとおばあさんが住んでいました。

二人は年老いており、食べるものにも事欠くほどの貧しい暮らしでしたが、いつもお互いを思いやり、ささやかながらも穏やかな日々を送っていました。

もうすぐお正月だというのに、家には餅どころか、年を越すためのお金さえありません。

このままでは、新しい年を迎えることができないと、おじいさんは深く心配していました。

「おばあさん、このままではいけない。何か売れるものはないだろうか」

おばあさんも、肩を落としていました。

 「せめて、おじいさんの作った笠があれば…」

おじいさんは、昔から藁で笠を編むのが得意でした。

その笠は、丈夫で美しく、村人からも評判でしたが、最近は目もかすみ、指先も思うように動かせず、なかなか笠を編むことができませんでした。

しかし、おじいさんは意を決しました。

「よし、わしが笠を編もう。これならまだ、手は動く」

おじいさんは、夜なべをして、六つの笠を編み上げました。

雪の降りしきる寒い夜、凍える指先に息を吹きかけながら、一本一本、丁寧に藁を編み込んでいきました。

それは、まさに魂を込めた仕事でした。

次の朝、夜明け前。雪はシンシンと降り続き、あたり一面は銀世界となっていました。

おじいさんは、編み上がった六つの笠を背負い、杖を突きながら、深い雪の中を、隣町へと向かうことにしました。

笠を売って、お餅とわずかなお金を手に入れるためです。

「おじいさん、気をつけておくれよ」

おばあさんの心配そうな声に見送られ、おじいさんは重い足取りで家を出ました。

「大丈夫だ。きっと売ってくるからな」

しかし、町は雪で人通りも少なく、誰も笠を買ってくれる人はいません。

おじいさんは、道行く人に声をかけ、店先に立ってみましたが、手にするのは冷たい雪ばかりでした。

夕方になり、体は冷え切り、心も凍えそうでした。

 「困ったな。このままでは、おばあさんに申し訳ない…」

結局、笠は一つも売れず、おじいさんは、がっかりして、重い足取りで家路を急ぎました。

雪は、朝よりもさらに激しく降り始めていました。

家への帰り道、おじいさんは、森の入り口にある六体のお地蔵様の前を通りかかりました。

お地蔵様たちは、いつものように村の入り口を見守るように並んでいましたが、今日は、降り積もる雪にすっぽりと埋もれて、頭には白い雪の帽子をかぶっています。

「ああ、お地蔵様も、こんなに寒かろうに…」

おじいさんは、自分が笠を売れなかった悲しみも忘れ、お地蔵様たちの寒そうな姿を見て、胸を痛めました。

雪は、容赦なく降り続け、お地蔵様の肩に積もっていきます。

「こんなに寒いのに、笠もかぶらずにおられるとは…」

おじいさんは、背負っていた売れ残りの笠を、一つ、また一つと、お地蔵様たちの頭にそっとかぶせていきました。

一つ、二つ、三つ、四つ、五つ。

これで、お地蔵様は五体、すべて笠をかぶることができました。

しかし、ここで問題が起こりました。

笠は六つあったはずなのに、お地蔵様も六体います。

最後の一体のお地蔵様には、笠が足りなくなってしまったのです。

「困ったな。あと一つ笠があれば、みんな温かいのに…」

おじいさんは、自分の背中から、今まで被っていた笠を外しました。

その笠は、ずっとおじいさんの頭を守ってくれていた、大切なお気に入りの笠でした。

「よし。わしはもうすぐ家に着くから大丈夫だ。お地蔵様、どうかこれをお使いください」

おじいさんは、自分の笠を、六体目のお地蔵様の頭に、そっとかぶせました。

「これで、みんな温かいね」

笠をかぶったお地蔵様たちは、心なしか、にこやかに見えました。

おじいさんは、冷たい雪の中、笠もなく、凍える体を震わせながら、それでも心は温かく、足取りも軽く感じられました。

「これで、良いお正月が迎えられるだろう」

おじいさんは、餅を買うことはできませんでしたが、お地蔵様たちに笠を施せたことで、不思議と清々しい気持ちになっていました。

おじいさんが家に帰り着くと、おばあさんは、笠を一つも売れずに、しかも自分の笠まで失くして帰ってきたおじいさんの姿を見て、心配しながらも、その心遣いに深く感動しました。

「おじいさん、よくやったね。餅はなくても、お地蔵様が喜んでくださったのなら、それが一番のご馳走だよ」

二人は、温かい囲炉裏の火を囲んで、ささやかな夕食を食べました。

餅は買えませんでしたが、お互いの優しい心に、心が温かくなりました。

そして、おじいさんは、疲れ果てて深い眠りにつきました。

おばあさんも、隣で静かに目を閉じました。

夜も更け、あたりは深い静寂に包まれていました。

雪は、ますます激しさを増し、「ヒュー、ヒュー」と風が吹き荒れる音が聞こえます。

その時、遠くから、かすかに「チリン、チリン」という、鈴の音が聞こえてきました。

「ん…?」

おばあさんは、その音に気づき、そっと目を開けました。鈴の音は、だんだんと近づいてきます。

そして、鈴の音に混じって、何かを歌っているような声が聞こえてきました。

「笠をくれたおじいさんへ、福を届けに行こう、チリン、チリン」

「温かい笠をありがとう、チリン、チリン」

「よいしょ、こらしょ、福を届けに行こう、チリン、チリン」

歌声は、いくつもの声が重なり合っているようでした。

まるで、誰かがたくさん集まって、何かを運んでいるかのようです。

おばあさんは、不思議に思って、そっと戸を開けてみました。

 外は、吹雪の真っ只中で、何も見えません。

しかし、鈴の音と歌声は、確実に家のすぐそばまで来ています。

「おじいさん、おじいさん!目を覚ましておくれ!」

おばあさんは、眠っているおじいさんの体を揺り起こしました。

おじいさんも、かすかに聞こえる鈴の音と歌声に、驚いて飛び起きました。

「なんだ、この音は?一体、誰がこんな雪の夜に…」

二人は、息を潜めて、その音の正体を探りました。

歌声は、家の前で止まりました。

そして、「よいしょ、こらしょ」という掛け声とともに、何かが家の前に置かれるような、重そうな音が聞こえます。

やがて、鈴の音と歌声は、再び遠ざかっていきました。

「笠をくれたおじいさんへ、福を届けたよ、チリン、チリン」 「ありがとう、ありがとう、チリン、チリン」

遠ざかっていく歌声は、やがて雪の彼方へと消えていきました。

おじいさんとおばあさんは、もう怖がるよりも、好奇心が勝っていました。

恐る恐る戸を開けて、家の前を見てみました。

夜の闇の中、そして降りしきる雪の中で、その光景に二人は目を丸くしました。

家の前には、たくさんの荷物が積まれていました。

俵に詰められたお米、大きな餅、大根、ごぼう、そして魚や酒まで。

どれもこれも、正月を祝うには十分すぎるほどの、豊かな食べ物ばかりです。

「こ、これは…一体、誰が?」

おじいさんが、雪の上に残された足跡をたどってみました。

すると、そこには、小さく丸い足跡が、いくつもいくつも、連なっているではありませんか。それは、まるで、小さな子供の足跡のようにも見えます。

そして、その足跡の先には、あの六体のお地蔵様の姿がありました。

お地蔵様の頭には、おじいさんがかぶせた笠が、きちんと置かれたままです。

「ああ…!」

おじいさんとおばあさんは、すべての事情を察しました。

自分たちの貧しさを顧みず、ただただ寒いお地蔵様を思い、笠を施したおじいさんの見返りを求めない優しい心に、お地蔵様たちが感動し、福を届けてくれたのだと。

二人は、雪の上にひざまずき、深く深く頭を下げて、お地蔵様たちに感謝しました。

「お地蔵様、ありがとうございます。本当に、ありがとうございます…」

おじいさんとおばあさんは、いただいたお米で、今まで食べたこともないほどに美味しいお餅を作り、たくさんのおかずとともに、賑やかなお正月を迎えました。

そのお正月は、これまでで一番、温かく、豊かなお正月となりました。

そして、二人は、お地蔵様への感謝の気持ちを忘れず、いつまでも、困っている人がいれば手を差し伸べ、分け与える心を大切にしながら、幸せに暮らしたということです。

投稿者 まねき猫

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