むかしむかし、雪深い山あいの村に、正直で心優しいおじいさんとおばあさんが住んでいました。
二人は年老いており、食べるものにも事欠くほどの貧しい暮らしでしたが、いつもお互いを思いやり、ささやかながらも穏やかな日々を送っていました。
もうすぐお正月だというのに、家には餅どころか、年を越すためのお金さえありません。
このままでは、新しい年を迎えることができないと、おじいさんは深く心配していました。
「おばあさん、このままではいけない。何か売れるものはないだろうか」
おばあさんも、肩を落としていました。
「せめて、おじいさんの作った笠があれば…」
おじいさんは、昔から藁で笠を編むのが得意でした。
その笠は、丈夫で美しく、村人からも評判でしたが、最近は目もかすみ、指先も思うように動かせず、なかなか笠を編むことができませんでした。
しかし、おじいさんは意を決しました。
「よし、わしが笠を編もう。これならまだ、手は動く」
おじいさんは、夜なべをして、六つの笠を編み上げました。
雪の降りしきる寒い夜、凍える指先に息を吹きかけながら、一本一本、丁寧に藁を編み込んでいきました。
それは、まさに魂を込めた仕事でした。
次の朝、夜明け前。雪はシンシンと降り続き、あたり一面は銀世界となっていました。
おじいさんは、編み上がった六つの笠を背負い、杖を突きながら、深い雪の中を、隣町へと向かうことにしました。
笠を売って、お餅とわずかなお金を手に入れるためです。
「おじいさん、気をつけておくれよ」
おばあさんの心配そうな声に見送られ、おじいさんは重い足取りで家を出ました。
「大丈夫だ。きっと売ってくるからな」
しかし、町は雪で人通りも少なく、誰も笠を買ってくれる人はいません。
おじいさんは、道行く人に声をかけ、店先に立ってみましたが、手にするのは冷たい雪ばかりでした。
夕方になり、体は冷え切り、心も凍えそうでした。
「困ったな。このままでは、おばあさんに申し訳ない…」
結局、笠は一つも売れず、おじいさんは、がっかりして、重い足取りで家路を急ぎました。
雪は、朝よりもさらに激しく降り始めていました。
家への帰り道、おじいさんは、森の入り口にある六体のお地蔵様の前を通りかかりました。
お地蔵様たちは、いつものように村の入り口を見守るように並んでいましたが、今日は、降り積もる雪にすっぽりと埋もれて、頭には白い雪の帽子をかぶっています。
「ああ、お地蔵様も、こんなに寒かろうに…」
おじいさんは、自分が笠を売れなかった悲しみも忘れ、お地蔵様たちの寒そうな姿を見て、胸を痛めました。
雪は、容赦なく降り続け、お地蔵様の肩に積もっていきます。
「こんなに寒いのに、笠もかぶらずにおられるとは…」
おじいさんは、背負っていた売れ残りの笠を、一つ、また一つと、お地蔵様たちの頭にそっとかぶせていきました。
一つ、二つ、三つ、四つ、五つ。
これで、お地蔵様は五体、すべて笠をかぶることができました。
しかし、ここで問題が起こりました。
笠は六つあったはずなのに、お地蔵様も六体います。
最後の一体のお地蔵様には、笠が足りなくなってしまったのです。
「困ったな。あと一つ笠があれば、みんな温かいのに…」
おじいさんは、自分の背中から、今まで被っていた笠を外しました。
その笠は、ずっとおじいさんの頭を守ってくれていた、大切なお気に入りの笠でした。
「よし。わしはもうすぐ家に着くから大丈夫だ。お地蔵様、どうかこれをお使いください」
おじいさんは、自分の笠を、六体目のお地蔵様の頭に、そっとかぶせました。
「これで、みんな温かいね」
笠をかぶったお地蔵様たちは、心なしか、にこやかに見えました。
おじいさんは、冷たい雪の中、笠もなく、凍える体を震わせながら、それでも心は温かく、足取りも軽く感じられました。
「これで、良いお正月が迎えられるだろう」
おじいさんは、餅を買うことはできませんでしたが、お地蔵様たちに笠を施せたことで、不思議と清々しい気持ちになっていました。
おじいさんが家に帰り着くと、おばあさんは、笠を一つも売れずに、しかも自分の笠まで失くして帰ってきたおじいさんの姿を見て、心配しながらも、その心遣いに深く感動しました。
「おじいさん、よくやったね。餅はなくても、お地蔵様が喜んでくださったのなら、それが一番のご馳走だよ」
二人は、温かい囲炉裏の火を囲んで、ささやかな夕食を食べました。
餅は買えませんでしたが、お互いの優しい心に、心が温かくなりました。
そして、おじいさんは、疲れ果てて深い眠りにつきました。
おばあさんも、隣で静かに目を閉じました。
夜も更け、あたりは深い静寂に包まれていました。
雪は、ますます激しさを増し、「ヒュー、ヒュー」と風が吹き荒れる音が聞こえます。
その時、遠くから、かすかに「チリン、チリン」という、鈴の音が聞こえてきました。
「ん…?」
おばあさんは、その音に気づき、そっと目を開けました。鈴の音は、だんだんと近づいてきます。
そして、鈴の音に混じって、何かを歌っているような声が聞こえてきました。
「笠をくれたおじいさんへ、福を届けに行こう、チリン、チリン」
「温かい笠をありがとう、チリン、チリン」
「よいしょ、こらしょ、福を届けに行こう、チリン、チリン」
歌声は、いくつもの声が重なり合っているようでした。
まるで、誰かがたくさん集まって、何かを運んでいるかのようです。
おばあさんは、不思議に思って、そっと戸を開けてみました。
外は、吹雪の真っ只中で、何も見えません。
しかし、鈴の音と歌声は、確実に家のすぐそばまで来ています。
「おじいさん、おじいさん!目を覚ましておくれ!」
おばあさんは、眠っているおじいさんの体を揺り起こしました。
おじいさんも、かすかに聞こえる鈴の音と歌声に、驚いて飛び起きました。
「なんだ、この音は?一体、誰がこんな雪の夜に…」
二人は、息を潜めて、その音の正体を探りました。
歌声は、家の前で止まりました。
そして、「よいしょ、こらしょ」という掛け声とともに、何かが家の前に置かれるような、重そうな音が聞こえます。
やがて、鈴の音と歌声は、再び遠ざかっていきました。
「笠をくれたおじいさんへ、福を届けたよ、チリン、チリン」 「ありがとう、ありがとう、チリン、チリン」
遠ざかっていく歌声は、やがて雪の彼方へと消えていきました。
おじいさんとおばあさんは、もう怖がるよりも、好奇心が勝っていました。
恐る恐る戸を開けて、家の前を見てみました。
夜の闇の中、そして降りしきる雪の中で、その光景に二人は目を丸くしました。
家の前には、たくさんの荷物が積まれていました。
俵に詰められたお米、大きな餅、大根、ごぼう、そして魚や酒まで。
どれもこれも、正月を祝うには十分すぎるほどの、豊かな食べ物ばかりです。
「こ、これは…一体、誰が?」
おじいさんが、雪の上に残された足跡をたどってみました。
すると、そこには、小さく丸い足跡が、いくつもいくつも、連なっているではありませんか。それは、まるで、小さな子供の足跡のようにも見えます。
そして、その足跡の先には、あの六体のお地蔵様の姿がありました。
お地蔵様の頭には、おじいさんがかぶせた笠が、きちんと置かれたままです。
「ああ…!」
おじいさんとおばあさんは、すべての事情を察しました。
自分たちの貧しさを顧みず、ただただ寒いお地蔵様を思い、笠を施したおじいさんの見返りを求めない優しい心に、お地蔵様たちが感動し、福を届けてくれたのだと。
二人は、雪の上にひざまずき、深く深く頭を下げて、お地蔵様たちに感謝しました。
「お地蔵様、ありがとうございます。本当に、ありがとうございます…」
おじいさんとおばあさんは、いただいたお米で、今まで食べたこともないほどに美味しいお餅を作り、たくさんのおかずとともに、賑やかなお正月を迎えました。
そのお正月は、これまでで一番、温かく、豊かなお正月となりました。
そして、二人は、お地蔵様への感謝の気持ちを忘れず、いつまでも、困っている人がいれば手を差し伸べ、分け与える心を大切にしながら、幸せに暮らしたということです。
