あるところに、ゆうたくんという、それはそれは走るのが大好きな男の子がいました。
ゆうたくんは、家の中でも、公園でも、いつも「タッタッタ!」と走っていました。
ママが「おもちゃを片付けようね」と呼ぶと、タッタッタ!
パパが「お散歩に行くよー」と誘うと、タッタッタ!
ゆうたくんにとって、走ることは、ごはんを食べるのと同じくらい、楽しくて元気が出ることでした。
ある日曜日。
ゆうたくんとママは、大きなデパートへ行くことになりました。
「今日はね、デパートのおもちゃ売り場を見て、それから地下のスーパーで、ゆうたくんの好きなチーズを買おうね」とママが言いました。
デパートは、キラキラしたものがたくさんあって、ゆうたくんにはまるで夢の国みたいでした。
おもちゃ売り場で、かっこいいロボットを見たあと、ママと手をつないでスーパーへ降りました。
スーパーに入ったとたん、ゆうたくんの心は、またしてもウキウキ、ムズムズ!
「わあ、あっちに、まるいパンがある!」
「あ、こっちは、きらきらのゼリーだ!」
楽しくてたまらなくなったゆうたくんは、つい、いつものクセが出てしまいました。
ママの手を「えいっ!」と離して、**タッタッタ!**と走り出してしまいました。
ママは「ゆうたくん、走っちゃダメよ!」と注意しましたが、ゆうたくんの耳には、その声が遠くに聞こえるだけです。
ゆうたくんは、まるで学校の運動場にいるみたいに、お店の真ん中をビューンと走りました。
すると、ちょうどそこに、車いすに乗っているおじいさんが、ゆっくりと進んでいました。
おじいさんは、買い物かごを膝に乗せて、慎重にカゴの中をのぞき込んでいます。
ゆうたくんは、前を見ずに夢中で走っていたので、**「ああっ!」というまもなく、おじいさんの車いすの横に「ドーン!」**とぶつかってしまいました。
ガタン!
車いすが少し揺れて、おじいさんの膝に乗せていた卵のパックが、床に落ちてしまいました。
パックが割れて、「べちゃっ!」と、何個かの卵が床に広がってしまいました。
「いたいよお……」
ゆうたくんは、床に座り込んで、少し泣きそうになりました。
おじいさんは、びっくりして「おや、大丈夫かい?」と、車いすの上で、ゆうたくんを見下ろしました。
「ごめんなさい、おじいさん!」
すぐにママが急いで駆け寄ってきました。
「ゆうたくん、ケガはない? おじいさん、本当に申し訳ありません」
ママは、おじいさんに深く頭を下げて謝り、お店の人を呼びました。
ゆうたくんの顔は、真っ青になりました。
走るのが大好きだけど、誰かを悲しませてしまうのは、嫌です。
ゆうたくんは、震える声で「おじいさん、ごめんなさい。僕が走ったから……」と謝りました。
おじいさんは「大丈夫だよ。でもね、お店の中は、急いでいる人や、私みたいにゆっくり動く人がいるから、走るととても危ないんだよ。気を付けてね」と、優しく言ってくれました。
お店の人が、すぐに床の卵をきれいに片付けてくれました。
ママは、新しい卵のパックを買って、おじいさんに渡しました。
「ゆうたくん、見てごらん」とママが言いました。
「お店の中は、色々な人が色々なスピードで動いている場所よ。走ってしまうと、人にぶつかって危ないし、大事な商品も壊しちゃう。お店は、みんなが安心してお買い物をするための場所なんだよ」
ゆうたくんは、深く反省して、静かにうなずきました。
「わかった。もう、お店の中では絶対走らないよ。ちゃんと歩くね」
それから、ゆうたくんは、ママのそばで、ペタペタと足音を立てないように、静かに歩きました。
走りたい気持ちになったら、「ぐっ」とこらえて、代わりに周りのものをじっくり見ました。
「わあ、お魚さんがぴちぴちしてる!」「このお肉はどんな料理になるのかな?」
歩いてみると、今まで気づかなかったものが、たくさん見えてきて、それはそれでとても楽しいことだと分かりました。
お家に帰って、ゆうたくんが好きなチーズをママと食べました。
「危ないことがなくて、本当に良かったわ。走らなくて済んだから、おじいさんも私たちも、みんな笑顔でいられたね」とママが言いました。 ゆうたくんは、もうお店では絶対に走らないと心に誓って、とびきり美味しいチーズを「もぐもぐ!」と大切に食べました。
