静かな、静かな、夜の国。
そこは、お月さまの優しい光が、いつもキラキラと降り注いでいる、魔法の世界でした。
この国には、たくさんの小さな妖精たちが住んでいて、夜になると、お星さまの間をふわふわと飛び回りながら、遊ぶのが大好きでした。
でも、この国に住む、ルナという名前の小さな妖精だけは、ちょっぴり困っていました。
夜になって、他のみんなが気持ちよさそうに眠っている時も、ルナの目だけはぱっちりと開いたままなのです。
「どうして、眠れないのかなあ…」
ルナは、自分の小さなベッドの上で、何度も何度も寝返りをうちました。
ふかふかの葉っぱのベッドも、柔らかいお花のシーツも、ルナを眠りの世界へ連れて行ってはくれませんでした。
そんなある日のこと、物知りなフクロウのおじいさんが、大きな丸い眼鏡をくいっと上げながら、ルナに言いました。
「ルナや、眠れないのかい」
「それなら、『夢の森』の奥に住んでいる、枕職人のおじいさんのところへ行ってみるといい」
「あの方なら、世界で一番心地よく眠れる、特別な枕を作ってくださるだろう」
「世界で一番の枕!」
ルナの目は、期待でキラキラと輝きました。
「うん、行ってみる!」
次の日の朝、ルナは小さなポシェットだけを持って、冒険に出かけることにしました。
夢の森は、この夜の国の中でも、一番静かで、一番美しい場所だと言われています。
まずルナがやってきたのは、『ささやきの砂浜』と呼ばれる、不思議な浜辺でした。
ここの砂は、ただの砂ではありません。
夜空からこぼれ落ちた、お星さまのかけらでできているのです。
ルナが裸足で砂浜を歩くと、足の裏が「さら…さら…」と、くすぐったいような、気持ちのいい音を立てました。
耳をすますと、優しい海の音が聞こえてきます。
「ざあ… ざあ…」
それは、まるで海が大きなあくびをしているような、ゆったりとした、穏やかな音でした。
ルナは、その音を聞いているだけで、なんだか少し、まぶたが重くなってくるのを感じました。
浜辺には、小さなガラスの瓶を持った、カニさんたちがいました。
「こんにちは、ルナちゃん。枕の材料を集めているんだって」
「うん。何かいいもの、あるかな」
「それなら、この『星の砂』がいいよ」
「この砂を枕に入れるとね、ちょうどいい重さになって、なんだか抱きしめられているみたいに、安心して眠れるんだ」
カニさんたちは、キラキラと銀色に光る、一番綺麗な星の砂を、ルナのポシェットに「さらさらさら…」と入れてくれました。
「ありがとう、カニさん」
ルナは、ちょっぴり重くなったポシェットを嬉しそうに抱えて、次の場所へと向かいました。
「ざあ… ざあ…」
後ろからは、まだ海の優しい子守唄が聞こえてきます。
ルナは、大きく一つ、あくびをしました。
「ふあぁ…」
次にルナがやってきたのは、『月明かりのハーブ園』です。
そのハーブ園は、まるでお月さまの光を全部集めたみたいに、ほんのりと明るく、優しい香りに満ちていました。
「ふわーん、ふわーん…」
どこからか、甘くて、心が落ち着くような、いい匂いが風に乗って運ばれてきます。
そこでは、ちょうちょさんたちが、ハーブのお世話をしていました。
紫色のラベンダー、白いお花の形をしたカモミール。
どのハーブも、見ているだけで心が安らぎます。
「こんにちは、ルナちゃん。いい香りでしょ」
ひらひらと舞うちょうちょさんが、ルナに話しかけました。
「うん、とってもいい匂い」
「なんだか、心がぽかぽかしてくるみたい」
「それは『夢見るハーブ』だからだよ」
「このハーブの香りをかぐとね、誰でも優しい気持ちになって、素敵な夢が見られるの」
ちょうちょさんたちは、一番香りの良い、摘みたての夢見るハーブを、ルナのポシェットに「ふんわり、ふんわり」と入れてくれました。
ポシェットからは、さっきまでの星の砂のキラキラに加えて、うっとりするような優しい香りが漂い始めました。
「ありがとう、ちょうちょさん」
ルナは、その香りを胸いっぱいに吸い込みました。
すると、心の中のドキドキや、そわそわした気持ちが、すーっと消えていくようでした。
もう一回、大きなあくびが出ました。
「ふあぁ…ふあぁ…」
さあ、いよいよ最後の材料です。
ルナが坂道をのぼっていくと、目の前に広がったのは、真っ白な『ふわふわ雲の牧場』でした。
そこには、空に浮かんでいるあの雲と、全く同じものでできた、もこもこの羊さんたちが、のんびりと草を食べていました。
「めぇ… めぇ…」
羊さんたちの鳴き声も、なんだか眠たそうです。
ルナが、そっと一匹の雲の羊に触れてみると、その毛は、今まで触ったどんなものよりも、柔らかくて、あたたかでした。
「ふわっふわ… もっこもこ…」
まるで、マシュマロの海に指を沈めているような、不思議な気持ちよさです。
羊飼いのうさぎさんが、にこにこしながらやってきました。
「やあ、ルナちゃん。最高の枕を作るんだってね」
「それなら、この子たちの毛を分けてあげるよ」
「いいの?」
「もちろんさ」
「この『雲のわた』を枕に入れれば、頭を乗せた瞬間、まるで雲の上で眠っているような気分になれるんだ」
「どんな寝返りをうっても、いつでも優しく頭を包み込んでくれるよ」
うさぎさんは、一番ふわふわで、一番弾力のある雲のわたを、ルナのポシェットがはちきれそうになるくらい、たくさん「もこもこ、もこもこ」と詰めてくれました。
「ありがとう、うさぎさん」
ポシェットは、星の砂の心地よい重さと、夢見るハーブの優しい香りと、雲のわたの最高の柔らかさで、いっぱいになりました。
ルナは、もう立っているのがやっとなくらい、眠くなってきました。
「ふあぁ…ふあぁ…ふあぁ…」
ついにルナは、夢の森の一番奥にある、枕職人のおじいさんの小さなお家にたどり着きました。
お家は、大きな樫の木の根元に作られていて、屋根からは、きのこの煙突が可愛らしく顔を出しています。
ドアを「とんとん」と叩くと、中から優しい声がしました。
「おはいり、小さな旅人さん」
中にいたのは、真っ白な長いお髭を生やした、とっても優しそうなおじいさんでした。
「よく来たね、ルナ」
「君が来るのを待っていたよ」
おじいさんは、すべてお見通しのようです。
ルナは、集めてきた材料を、おじいさんに差し出しました。
キラキラの『星の砂』
ふわーんと香る『夢見るハーブ』
そして、もこもこの『雲のわた』
おじいさんは、一つ一つを優しく手に取ると、にっこりと微笑みました。
「うん、どれも最高の材料だ」
「これなら、世界で一番の枕ができるだろう」
おじいさんは、まず、夜空をそのまま切り取ってきたような、深い藍色の布を取り出しました。
そして、その布を、優しい手つきで裁ち始めました。
ハサミの音は、うるさくありません。
「しゃらん…しゃらん…」と、まるで鈴の音のように、静かなお部屋に響きます。
次に、おじいさんは、足踏みミシンに向かいました。
ミシンは、古いけれど、とても大切に使われています。
おじいさんがペダルを踏むと、「こと…こと…こと…こと…」と、心地よいリズムを刻み始めました。
その音は、まるで、遠くで聞こえる優しい雨音のようです。
ルナは、その音を聞いているうちに、だんだんと、まぶたがくっついてしまいそうになりました。
「こと…こと…こと…こと…」
ミシンのリズムに合わせて、ルナの小さな頭が、こっくり、こっくりと揺れています。
やがて、枕の形が出来上がりました。
おじいさんは、まず、雲のわたを「ふんわり、ふんわり」と、優しく詰めていきます。
次に、夢見るハーブを「ふわー、ふわー」と、香りが広がるように、中に散らしました。
最後に、星の砂を「さらさらさら…」と、枕全体に心地よい重みが行き渡るように、丁寧に入れていきました。
すべての材料が中に入ると、おじいさんは、最後の一針を、ゆっくりと、ゆっくりと、縫い合わせました。
「ちく、ちく、ちく…」
その針の動きは、まるで魔法のようでした。
そして、仕上げに、おじいさんは完成した枕を両手でそっと持ち上げ、目を閉じて、小さな声で呪文を唱えました。
「おやすみ、おやすみ、いい夢を」
「朝までぐっすり、おやすみなさい」
すると、枕から、ほわーん、と金色の優しい光があふれ出し、お部屋中を暖かく照らしました。
「さあ、できたよ」
「君だけの、特別な魔法の枕だ」
おやすみなさい、ルナ
ルナは、出来上がったばかりの枕を受け取りました。
それは、ほんのり暖かくて、ずっしりと安心する重さがあり、心を落ち着かせるハーブの香りがして、触ると指が沈み込むくらい、ふわふわでした。
「おじいさん、ありがとう」
ルナは、もう眠たくて、お礼を言うのがやっとでした。
おじいさんは、にこにこしながらルナの頭を撫でてくれました。
「もうお帰りなさいとは言わないよ」
「そこのベッドで、ゆっくりおやすみ」
お部屋の隅には、小さな、ルナにぴったりのベッドが用意されていました。
ルナは、ありがとうと小さく頷くと、ベッドにもぐりこみ、新しい枕に、そーっと頭を乗せました。
その瞬間、ルナは、今までに感じたことのないような、幸せな気持ちに包まれました。
頭が、ふわーっと雲の中に沈んでいくようです。
耳元では、星の砂が「さら…さら…」と、ささやきの砂浜の波の音のように、優しく囁いています。
鼻からは、夢見るハーブの甘い香りが、ゆっくりと体の中に入ってきて、手や足の力が、すーっと抜けていくのが分かりました。
ああ、なんて気持ちがいいんだろう。
もう、目は開けていられません。
まぶたが、まるで蜂蜜を塗ったみたいに、ゆっくりと、ゆっくりと、くっついていきます。
さっきまで聞こえていた、おじいさんの優しいミシンの音も、だんだん、だんだん、遠くに聞こえるようになってきました。
ルナの口から、小さな小さな寝息が聞こえ始めます。
「すー… すー…」
それは、世界で一番幸せで、世界で一番気持ちよさそうな寝息でした。
ルナは、魔法の枕のおかげで、生まれて初めて、深く、穏やかな眠りの世界へと旅立っていったのです。
