【オリジナル】オーロラを見に行った少年の話【目安時間20分】

遠い北の国で、夜空にゆらめく光のカーテン、オーロラを見に行った男の子の物語だ。

​アオイという名前の男の子がいた。

アオイは、星や宇宙の話が大好きだった。

それは、元天文学者のおじいちゃん、ハルキさんの影響だった。

ある冬の寒い夜、アオイはハルキさんの部屋で、古いアルバムを一緒に見ていた。

「おじいちゃん、これなあに」

アオイが指さしたのは、夜空に緑色の巨大なカーテンが舞っているような、不思議な写真だった。

「おお、これはな、オーロラというんだよ」

ハルキさんは懐かしそうに目を細めた。

「オーロラ?」

「そうだ。夜空に現れる、光のシンフォニーさ」

ハルキさんは、アオイを膝の上に乗せると、ゆっくりと話し始めた。

「いいかい、アオイ。僕たちが住んでいるこの地球には、目には見えないけれど、大きな磁石のような力が働いているんだ。

これを地磁気という。

そして、空に輝く太陽からは、プラズマと呼ばれる電気を帯びた小さな粒がたくさん、宇宙空間に吹き出している。

太陽風と呼ばれる、太陽の息吹のようなものだね。

その太陽風が、長い長い旅をして、地球にたどり着く。

すると、地球の磁力に引き寄せられて、北極や南極の近く、つまり地球のてっぺんとお尻のあたりに集まってくるんだ。

そして、地球を覆っている空気、つまり大気の粒と、ものすごい速さでぶつかる。

その時に、光が生まれるんだよ。

それが、このオーロラの正体さ」

アオイは、ぽかんとした顔で聞いていた。

「太陽のつぶつぶが、地球とぶつかって光るの?」

「その通りだ。よくわかったな。

オーロラの色が違うのも不思議だろう。

この写真のように緑色に見えるのは、空気の中にたくさんある『酸素』の粒とぶつかった時に生まれる光なんだ。

もっと空の高いところでぶつかると、珍しいけれど赤色に見えることもある。

そして、ピンクや紫の光は、『窒素』の粒とぶつかった時の色なんだよ。

ぶつかる相手と場所によって、オーロラは色々な色に姿を変える。

まるで、夜空に絵を描いているみたいだろう」

ハルキさんの話を聞いていると、アオイはまるで自分が宇宙船に乗って、太陽の粒と一緒に旅をしているような気分になった。

写真の中のオーロラは、ただの綺麗な景色ではなく、地球と太陽が繰り広げる壮大な物語のように思えた。

「すごい…本物を見てみたいな」

アオイの呟きに、ハルキさんはにっこりと笑った。

「そうだな。いつか、本物のオーロラを一緒に見に行こう。

空から降ってくるような、光のカーテンを、この目で一緒に見ようじゃないか。

おじいちゃんとの、約束だ」

その日から、アオイの宝物は、あのオーロラの写真になった。

夜、ベッドに入ると、アオイはいつも目を閉じて、夜空に揺らめく緑色の光を思い描いた。

いつかおじいちゃんと一緒に見る、本物のオーロラの夢を見ながら、眠りにつくのだった。

​約束から、いくつかの季節が巡った。

アオイが、小学校を卒業する春のことだった。

「アオイ、約束を覚えているかい」

ハルキさんが、一枚のパンフレットを手に、アオイに優しく問いかけた。

パンフレットには、雪と氷に覆われた美しい街と、夜空に輝くオーロラの写真が印刷されていた。

行き先は、北極圏に位置する、カナダの小さな街、イエローナイフ。

世界有数のオーロラ観測地として知られる場所だ。

「約束…オーロラ!」

アオイの心が、大きく弾んだ。

あの日からずっと夢見ていた、おじいちゃんとの約束。

二人は、旅の準備を始めた。

クローゼットの奥から、分厚いダウンジャケットや、もこもこの手袋、耳まで隠れる暖かい帽子を引っ張り出してきた。

マイナス30度にもなるという、極寒の地に備えなければならない。

「カイロもたくさん持っていこうな」

「うん!それから、天体望遠鏡も!」

「もちろんさ。オーロラだけじゃなく、北の国で見える星も格別だからな」

荷造りをしながら、二人の会話は尽きなかった。

出発の日。

アオイとハルキさんは、大きなスーツケースを引いて空港へ向かった。

飛行機は、長い時間をかけて西へ、そして北へと飛んでいく。

窓から見える景色は、アオイが住む街の緑豊かな風景から、次第に白い大地へと変わっていった。

どこまでも続く雪原と、凍りついた湖。

まるで、世界の果てに向かっているようだった。

長いフライトの末、ようやくイエローナイフの空港に到着した。

飛行機のタラップを降りた瞬間、鋭く冷たい空気がアオイの頬を刺した。

吐く息が、目の前で真っ白な雲になった。

「うわ…!」

思わず声が漏れるほどの寒さ。

でも、その空気はどこまでも澄み切っていて、吸い込むと胸の奥がすっとするような、不思議な感覚だった。

街は、すっかり雪景色だった。

屋根には厚く雪が積もり、道端には氷の彫刻が飾られている。

人々は、犬が引くそりに乗って楽しそうに移動していた。

日本とは全く違う景色に、アオイは目を輝かせた。

ホテルに着いてからも、アオイの興奮は冷めやらなかった。

「おじいちゃん、オーロラはいつ見れるかな」

「ははは、焦るんじゃない。オーロラは自然からの贈り物だからな。

いつ現れるかは、空の気分次第さ。

僕たちは、静かにその時を待つんだよ」

ハルキさんはそう言うと、温かいココアを淹れてくれた。

甘い香りに包まれながら、アオイは窓の外に広がる銀世界を眺めた。

今はまだ昼間。

太陽の光が雪に反射して、街中がきらきらと輝いている。

この空が、夜にはどんな表情を見せてくれるのだろう。

アオイは、これから始まるオーロラとの出会いに、胸を高鳴らせていた。

​最初の二日間、夜空は厚い雲に覆われていた。

満点の星どころか、月さえも見えない夜が続いた。

アオイは、少しだけがっかりした。

「オーロラ、見れないのかな…」

そんなアオイの頭を、ハルキさんは優しく撫でた。

「自然は気まぐれだからな。

でも、こうして待つ時間も、旅の楽しみのうちだよ。

オーロラが見えない夜は、北の国の静けさをじっくりと味わおうじゃないか」

その言葉通り、二人は昼間のうちに、犬ぞりに乗って凍った湖の上を駆け抜けたり、先住民の文化を伝える博物館を訪れたりして、北の国での時間を満喫した。

そして、滞在最後の夜がやってきた。

その日の夜は、嘘のように雲一つない、完璧な快晴だった。

空には、数えきれないほどの星が、ダイヤモンドのようにきらめいている。

「アオイ、今夜は期待できるかもしれんぞ」

ハルキさんの声も、心なしか弾んでいた。

二人は、観測ツアーのバスに乗り込んだ。

街の灯りが届かない、真っ暗な湖畔へと向かうためだ。

バスを降りると、そこは静寂に包まれた雪原だった。

雪を踏みしめる「きゅっ、きゅっ」という音だけが、辺りに響く。

空を見上げると、星の光が、まるで今にも降ってきそうなくらい、近くに見えた。

「さあ、ここからが本番だ」

二人は、持参した温かい紅茶を水筒から注ぎ、息を殺してその時を待った。

一分、また一分と、静かな時間が流れていく。

あまりの寒さに、鼻の奥がつんとした。

その、瞬間だった。

「…アオイ、あれを」

ハルキさんが、北の地平線を指さした。

見ると、そこだけが、ぼんやりと白く光っているように見えた。

雲だろうか。

いや、違う。

その光は、ゆっくりと、そして確かに、形を変え始めた。

淡い緑色の光の帯が、まるで巨大な生き物のように、地平線から空へと伸びていく。

「うわ…」

アオイの口から、感嘆のため息が漏れた。

光の帯は、みるみるうちに色を濃くし、その姿をはっきりとさせていく。

それは、まさしく緑色のカーテンだった。

巨大な光のカーテンが、夜空全体に広がり、優雅に、そして雄大に、ゆらゆらと揺らめいている。

アオイは、言葉を失っていた。

写真で見たものとは、比べ物にならない。

スケールも、美しさも、その迫力も、全く違う。

まるで、夜空が生きているかのようだ。

緑色のオーロラは、時にその中に、淡いピンク色の光をまとった。

紫色の光が、カーテンの裾を彩ることもあった。

それはまるで、天の川のほとりで、女神たちが美しい衣を翻して踊っているかのようだった。

寒さも忘れ、アオイはただ、空を見上げていた。

隣で、ハルキさんが静かに語りかけた。

「あれは、太陽の息吹なんだよ、アオイ。

はるか一億五千万キロも離れた太陽から届いた、小さな小さな光の粒たちが、今、この地球の大気に抱かれて、あんなにも美しい光を放っている。

僕たちは今、広大な宇宙の片隅で、地球と太陽が奏でる、壮大な光のシンフォニーを聴いているんだ」

その言葉を聞いて、アオイの胸に、熱いものがこみ上げてきた。

自分は今、とてつもなく大きなものの一部になっている。

この美しい地球に生まれ、この奇跡のような光景を、大好きなおじいちゃんと一緒に見ている。

その感動に、アオイの体は震えた。

涙が、頬を伝う前に、冷たい空気の中で凍ってしまいそうだった

​光の饗宴は、一時間ほど続いただろうか。

激しく舞い踊っていたオーロラは、次第にその輝きを穏やかにし、少しずつ夜空の闇に溶け込んでいった。

まるで、素晴らしい舞台の幕が、静かに下りていくように。

帰り道、バスの窓から見える星空は、さっきまでとはどこか違って見えた。

アオイは、隣に座るハルキさんの手に、自分の手をそっと重ねた。

「おじいちゃん」

「ん?」

「連れてきてくれて、ありがとう。

今日の夜のこと、僕、一生忘れないよ」

ハルキさんは、アオイの手を優しく握り返した。

その手は、とても温かかった。

「よかった、

アオイの心の中に、お前さんだけのオーロラが灯ったのなら、おじいちゃんは、それだけで嬉しいよ」

日本に帰ってきてからも、アオイの心の中では、あの夜に見たオーロラの光が、いつまでも消えずに輝いていた。

ふとした時に夜空を見上げると、あの緑色のカーテンが、まぶたの裏に鮮やかに蘇る。

太陽の息吹。

地球と太陽が奏でるシンフォニー。

おじいちゃんが教えてくれた言葉と共に、あの日の感動が何度も胸に押し寄せる。

アオイは、自分の部屋の窓から、静かな夜空を見上げた。

街の明かりで、星はあまり見えない。

もちろん、オーロラが見えるはずもない。

でも、アオイには見えていた。

心の中に、決して消えることのない、美しい光のカーテンが。

「おじいちゃん、ありがとう」

小さな声で呟くと、アオイはベッドにもぐりこんだ。

いつかまた、オーロラを見に行きたいな。

そして、今度は自分が、誰かにこの感動を伝えてあげたい。

そんな新しい夢を胸に抱きながら、アオイはゆっくりと目を閉じた。

きっと今夜の夢は、オーロラのように、きらきらと輝いているに違いない。

おやすみ、アオイ。

良い夢を。

投稿者 まねき猫

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