【日本昔話】福を分ける茶釜(ぶんぶくちゃがま)【目安時間8分】

むかしむかし、上野の国、館林の近くに、喜助という名の、古道具を扱う貧乏な男がいました。

喜助は心根の優しい男でしたが、商売の腕はさっぱり。

毎日毎日、埃をかぶったガラクタを細々と売っては、その日暮らしの生活を送っていました。

ある日、喜助は、町で開かれていた古物市に出かけました。

何か良いものはないかと目を凝らしていましたが、めぼしいものは見つかりません。

がっかりしながら帰ろうとしたその時、市の片隅に、見慣れないものが置かれているのを見つけました。

それは、ずんぐりとした古い茶釜でした。

胴は煤けて黒く、注ぎ口にはわずかに錆が浮いていますが、形は堂々として、どこか威厳があります。

喜助がそっと手に取ってみると、冷たいはずの金属なのに、なぜかほんのり温かいのです。

「これは、なんとも不思議な茶釜だ…」

しかし、茶釜は茶釜。いくら古くても、誰も買ってくれそうにありません。

それでも、喜助はこの茶釜に強く惹かれました。

持っているわずかな銭をはたいて、喜助はこの茶釜を買い求めました。

その頃、館林の茂林寺(もりんじ)という寺にも、一つの騒動が起こっていました。

お茶好きの和尚さんが、新しく買った茶釜を火にかけて湯を沸かそうとしたところ、茶釜が突如、「あちちちち!熱い、熱い!」と、人の声で悲鳴をあげたのです。

和尚さんや小僧たちは飛び上がり、恐ろしさに震え上がりました。

「これは、ただの茶釜ではない!きっと化け物に違いない!」

和尚さんは気味悪がり、その茶釜をすぐに手放すことにしました。

さて、家に帰った喜助は、さっそく茶釜を丁寧に磨き上げました。

磨けば磨くほど、その黒い胴体は奥深い光沢を放ち、まるで生きているかのように見えます。

「いい茶釜だ。これで温かいお茶が飲めるぞ」

喜助はそう言って、買ったばかりの茶釜を、囲炉裏の傍にそっと置いて、疲れて深い眠りにつきました。

外では風が「ヒュー、ヒュー」と寂しく鳴っていました。

真夜中のことです。

喜助がぐっすりと眠っていると、枕元で、かすかに「モゾモゾ」という音がしました。

喜助は、夢かと思い、寝返りを打ちましたが、再び「モゾモゾ、カサカサ」と音が聞こえます。

気になってそっと目を開けた喜助は、驚きのあまり、息を呑みました。

囲炉裏の傍に置いてあったはずのあの茶釜が、なんと、四本の足を生やし、頭を生やし、短い尻尾まで生やしているではありませんか!

茶釜は、完全に一匹の古狸に姿を変えていました。

しかし、茶釜の頭を付けたままの姿は、なんとも間が抜けていて、恐ろしいというよりも、むしろ滑稽に見えます。

「ヒッ!」

喜助が思わず声を上げると、狸はハッと気づき、あわてて全身を茶釜の姿に戻しました。

その姿は、まるで慌てて殻に閉じこもった亀のようです。

喜助は心臓が口から飛び出しそうでしたが、腰を抜かしたまま、震える声で尋ねました。

「お、お前は…一体、何者なんだ?」

すると、茶釜から、小さな、情けない声が聞こえてきました。

「ひい、ご主人様。私は、狸でございます…」

狸は、喜助にすべてを打ち明けました。

自分は山に住む古狸だが、お寺で団子を盗もうとして、とっさに茶釜に化けたこと。

しかし、そのまま和尚さんに買われて火にかけられそうになり、あまりの熱さに正体を現してしまったこと。

そして、お寺を追い出された後、喜助に拾われ、優しく磨いてもらったこと。

「熱い思いをしましたが、あなた様に優しくしていただき、感謝しております。実は、このままでは、もう元の狸の姿には完全に戻れないのです…茶釜に化けすぎてしまいました」

喜助は、化け物だと知っても、この狸を憎む気にはなれませんでした。

むしろ、その間の抜けた姿と、情けない声に、ふっと笑みがこぼれました。

「そうか、そうか。お前さんは、熱い思いをしたんだね。よし、わしが、お前さんを助けてやろう」

喜助の優しい言葉を聞いた狸は、喜びました。

「ありがとうございます、ご主人様!そのご恩に報いるため、私はお役に立ちたい。私は、人を楽しませるのが得意なのです。どうか、私を連れて、見世物小屋を開いてくださいませんか?」

狸は、茶釜の姿のまま、頭を下げて喜助に懇願しました。

次の日から、喜助と狸の奇妙な共同生活、そして見世物興行が始まりました。

喜助は、家財道具を売り払って小さな見世物小屋を作り、看板を掲げました。

「福を分ける茶釜、ぶんぶくちゃがま一座」

興行の日。幕が上がると、喜助が太鼓を叩き、笛を吹き始めます。

そして、囲炉裏の上に置かれた茶釜に、再び手足が生え、尻尾が生えます。

「ぶんぶく、ぶんぶく」と喜助が声をかけると、茶釜は、まるで踊り子のように、軽やかなステップを踏み始めました。

茶釜は、くるくる回ったり、お尻を振って愛嬌を振りまいたり、ときには長い綱を張って、綱渡りまで披露しました。

観客は、その不思議で愉快な芸に大喜びです。

特に、茶釜が「ぶんぶく、ぶんぶく」と音を立てながら湯を沸かし、その湯で喜助がお茶を点てて振る舞うと、人々は皆、「福を分けてもらった」と、大いに喜びました。

一座は、たちまち大評判となりました。噂は都にまで広がり、見世物小屋には連日、人が押し寄せました。

喜助は、瞬く間に大金持ちになりました。

それまでの貧しい暮らしからは考えられないほどの、豪華な家に住み、美味しいものを食べ、高価な着物を着るようになりました。

喜助の周りの人々は、彼を見て、ささやきました。

「喜助は、欲を出して、あの茶釜をさらに働かせるのではないか?」

「大金持ちになれば、きっと、あの狸を粗末に扱うようになるだろう」

しかし、喜助の心は、少しも変わりませんでした。

夜、興行が終わると、喜助は必ず、煤けた茶釜を抱き上げ、丁寧に磨きました。

そして、温かい布団を用意して、「今日もお疲れ様だったね、ぶんぶく」と優しく声をかけました。

喜助にとって、茶釜は単なる金儲けの道具ではありませんでした。

それは、苦楽を共にした、かけがえのない友であり、福を運んできてくれた恩人だったのです。

喜助は、稼いだお金の半分は、貧しい人々に分け与えたり、お寺に寄進したりしました。

この、欲張らない心が、さらに多くの福を呼び、一座の繁盛は続きました。

それから、三年が経ちました。

ぶんぶくちゃがま一座は、国中で知らぬ者のない、大一座となりました。

しかし、その頃から、茶釜の芸に、少しずつ陰りが見え始めました。綱渡りの足取りがふらついたり、踊りの回転が鈍くなったりすることが増えたのです。

ある日の夜のこと。

興行が終わり、喜助が茶釜を抱いていつものように話しかけると、茶釜は、熱い息を漏らしました。

「ご主人様…私は、もう体が持ちません…」 「ぶんぶく、どうしたんだい?どこか具合でも悪いのか?」

「実は、茶釜に化け続けるというのは、非常に体力を消耗するのです。もう、狸の力も尽きてしまいました。あなた様との楽しい時間は、私の生涯で最も幸せな日々でした」

喜助は、茶釜が自分のために、どれほど無理をしていたのかを知り、涙が止まりませんでした。

「もう、いいんだ。ありがとう、ぶんぶく。ゆっくり休んでおくれ」

茶釜は、静かに言いました。

「ご主人様。これまでにいただいた福は、一生尽きることのない宝です。どうか、これ以上、欲張ることなく、人々にも福を分けて、お幸せにお暮らしください」

そして、茶釜は「フウ…」と、長いため息をつきました。

その時、茶釜から生えていた頭も足も尻尾も、すべてが引っ込み、元の、ただの古びた茶釜の姿に戻ってしまいました。

喜助は、涙を拭いながら、その茶釜を抱き上げました。

もう二度と、茶釜が動くことも、喋ることもありませんでした。

喜助は、茶釜との約束通り、それ以上の興行をすることはやめました。

これまでに稼いだお金を大切にし、変わらず人々に施しを与えながら、穏やかに暮らしました。

そして喜助は、あの茶釜を、かつて狸が熱い思いをしたという茂林寺の和尚さんに、丁寧にお願いして奉納してもらいました。

「これは、私に福を与えてくれた、大切な友です。どうか、寺の宝として、末永く供養してやってください」

茂林寺の和尚さんは、喜助が欲張らず、その富を人々に分けた心意気に感銘を受けました。和尚さんは、この茶釜を「福を分ける茶釜(分福茶釜)」と名付け、大切に祀りました。

その茶釜は、今でも茂林寺に、人々に福を分け与える宝として、大切に伝えられているということです。

投稿者 まねき猫

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