ケンタくんは、ちょっぴり退屈していました。
窓の外では、ざあざあと雨が降っていて大好きなお砂場セットもピカピカの三輪車も、今日はお休みです。
リビングのおもちゃにも、なんだか飽きてしまいました。
大きなあくびをひとつした、その時でした。
「ケンタ、おやつにしましょうか」
お母さんが、にこにこしながらやってきて、テーブルの上に小さなお皿を「ことり」と置きました。
お皿の上には、まるで宝石みたいに、きらきらと光るあめだまが乗っています。
ひとつは、いちごみたいに真っ赤な色。
もうひとつは、レモンみたいに鮮やかな黄色。
そして最後は、メロンみたいにきれいな緑色。
「わあ、きれいだなあ」
ケンタくんは、思わず指でそっと触れてみました。
つるつるしていて、ひんやりしています。
「ひとつ、ふたつ、みっつ…」
指で数えながら、ケンタくんの頭の中に、面白い考えがぽわんと浮かびました。
「そうだ、このあめだまだけじゃなくて、僕の周りにあるものってぜんぶ数えられるのかもしれない!」
世界は、たくさんの「かず」でできているんじゃないか?
そう思ったとたん、さっきまでの退屈が嘘のように、心がわくわくしてきました。
まるで、秘密の暗号を見つけ出す探偵みたいです。
ケンタくんは、最後にもう一度あめだまを数えると、ぱっと立ち上がりました。
「よし、探検に出発だ!おうちの中の『かず』を、みんな見つけてやるぞ!」
ケンタくんの、小さな、けれど壮大な冒険が、静かな雨の日の午後に、そっと始まったのです。
ケンタくんが、まず最初の探検場所に選んだのは、自分の部屋にある絵本棚です。
そこは、ケンタくんのお気に入りが詰まった、特別な場所でした。
「えーっと、まずは大好きな恐竜の図鑑が、いーち!」
分厚くて、ティラノサウルスの大きな口が表紙の、一番のお気に入りです。
「その隣の、電車の絵本が、にー!」
新幹線から蒸気機関車まで、色々な電車が載っています。
「虫さんの絵本が、さーん!」「くまさんのぬいぐるみが出てくるお話が、しー!」
ケンタくんは、一冊一冊、背表紙を指でなぞりながら、ゆっくりと数えていきました。
お姫様が出てくるキラキラした本、真っ黒な忍者が出てくるドキドキする本。
そうして、棚の端っこまで数え終わると、ちょうど8冊ありました。
「僕の宝物は、8個か。うん、いい数だ!」
ケンタくんは、満足そうにひとつ頷きました。
次に見つけたのは、おもちゃ箱から少しだけ顔を出している、カラフルな積み木です。
「そうだ、積み木はいくつあるんだろう?」
ケンタくんは、よいしょ、とおもちゃ箱をひっくり返しました。がっしゃーん!と、床の上に色とりどりの積み木が広がります。
「うわあ、いっぱいだ!」
ケンタくんは、同じ色で集めてみることにしました。
赤い積み木が、「いち、にい、さん、しい、ご」。5個。
青い積み木も、「いち、にい、さん、しい、ご」。これも5個。
黄色い積み木は、「いち、にい、さん、しい」。4個でした。
「ぜんぶ合わせると…えーっと…」
指を折りながら一生懸命数えて、ぜんぶで14個あることがわかりました。
探検は、お部屋の外へと続きます。
ケンタくんは、階段の前で立ち止まりました。
いつもなら、お気に入りのヒーローみたいに駆け下りてしまうけれど、今日のケンタくんは、慎重な探検家です。
「階段も、立派な『かず』だ!よし、数えながら進むぞ!」
ケンタくんは、**つるつるとした木の手すりを、ぎゅっと両手で握りました。**そして、一歩一歩、足の裏で木の感触を確かめるように、ゆっくりと降り始めました。
「いーち、にー、さーん!」トン、トン、トン。
いつもより、静かで優しい音がします。
「しー、ごー、ろーく!」手すりを滑らせる自分の手のひらが、くすぐったくて少し笑ってしまいました。
「しーち、はーち、きゅーう、じゅう!」窓から差し込む光が、階段のほこりをキラキラと照らしています。
「じゅういち…そして、じゅうに!」最後の段に、すっと静かに降り立ち、無事にゴールです。
「やったあ!おうちの階段は、ぜんぶで12段だ!」
毎日使っている階段の数を初めて知って、ケンタくんはなんだか、おうちと前より仲良くなれたような気がしました。
キッチンからは、トントントン、とリズミカルな音が聞こえてきます。
いい匂いもしてきました。
お母さんが、夕ご飯の準備をしているようです。
そっと覗いてみると、まな板の横に、ぴかぴかの赤いミニトマトが並べられていました。
ヘタの緑色が、赤い実をより一層おいしそうに見せています。
「お母さん、それなあに?」
「サラダに入れるミニトマトよ。きれいでしょ?」
「うん!僕が数えてあげる!」
ケンタくんは、お母さんの手元をじっと見つめて、指を動かしました。
「いち、にい、さん、しい、ご、ろく!」
お皿に並べられたミニトマトは、ぜんぶで6個。
「ケンタは、数えるのが上手ね」
お母さんに褒められて、ケンタくんはちょっぴり得意な気持ちになりました。
世界は、まだまだ数えられるもので溢れています。
雨が小降りになってきたので、ケンタくんは長靴を履いて、お庭に出てみることにしました。
雨に濡れた葉っぱがきらきらと光り、土の匂いがふんわりと漂ってきます。
「さてと、今度は何を数えようかな?」
ケンタくんが、小さな水たまりを覗き込んでいると、足元で何かがちょこちょこと動いているのに気が付きました。
小さな、黒いアリさんたちです。雨宿りをしていたのか、巣穴から出てきて、みんなで列を作って歩いています。
「そうだ、アリさんを数えてみよう!これは、今までで一番難しいかもしれないぞ!」
ケンタくんは、探偵が虫眼鏡を覗くみたいに、ぐっと体をかがめました。
「よし。いーち、にー、さーん、しー、ごー…」
最初は順調でした。しかし、その時です。一匹のアリさんが、急に行列を離れて、別の方向へ歩き始めました。
「あ、待って!どこへ行くの!」
慌ててそっちを数えようとすると、今度は後ろから来たアリさんが、葉っぱの裏に隠れてしまいます。
「じゅ、じゅういち、じゅうに…あれ?今、数えたのはどの子だっけ?」
アリさんたちは、あっちへちょこちょこ、こっちへうろうろ。
行列が交差したり、お団子みたいに集まったり。
数えようとすると、すぐに動いてしまうのです。
ケンタくんは、すっかり混乱してしまいました。
「うーん…もう、わかんないや!」
アリさんたちは、たくさん、たくさん、たくさんいて、とてもケンタくんの指だけでは数えきれませんでした。
ふう、とため息をついて、ケンタくんは空を見上げました。
雨雲はどこかへ行き、青い空に、大きな白い雲がぷかぷかと浮かんでいます。
「そうだ、雲なら動かないだろう!」
そう思ったのですが、雲もなかなかのくせ者でした。
「あそこの、ワンちゃんみたいな形の雲が、ひとつ。その隣の、ふわふわの綿あめみたいなのが、ふたつ…」
そう数えているうちに、そよそよと風が吹いてきて、ワンちゃんだった雲の形が、だんだんとお魚みたいに変わっていきます。
綿あめだった雲は、隣の小さな雲とくっついて、もっと大きな雲になってしまいました。
「あれ?これじゃあ、さっきと数が違うじゃないか!」
雲は、ゆっくりとでも確かに形を変え動いていきます。
これも、上手に数えることができません。
アリさんも、雲も、数えられない。世界は、僕がわかる「かず」だけでできているわけじゃないんだ…。
ケンタくんは、ちょっぴり、しょんぼりとした気持ちになって、ぽつんと庭に立ち尽くしていました。
その時、後ろから、ふんわりと温かいものがケンタくんを包み込みました。
お母さんの、優しい腕です。
「ケンタ、どうしたの?難しい顔をして、雨のしずくでも数えていたのかしら?」
お母さんは、ケンタくんのしょんぼりした顔を、優しく覗き込みました。
「お母さん…。アリさんも、雲もね、たくさんありすぎて、僕、数えられなかったんだ。動いちゃうし、形も変わっちゃうし…」
それを聞くと、お母さんはくすくすと笑って、ケンタくんを正面からぎゅーっと抱きしめてくれました。
「そうね。世の中には、ケンタが言ったみたいに、たくさんありすぎて数えきれないものも、たくさんあるのよ」
お母さんは、空を指さして言いました。
「夜空に光るお星さまも、浜辺にある砂の粒も、ケンタのそのふわふわの髪の毛だって、全部は数えられないわ。
でもね、『たくさん』っていう言葉は、『数えきれないくらい素晴らしい』っていう意味でもあるのよ」
そして、お母さんはケンタくんの目を、まっすぐ見て言いました。
「でもね、ケンタ。お母さんにとって、ケンタはたったひとりだけ。世界中のアリさんやお星さまを全部集めたって、交換できない。世界でいちばん大切な、たったひとりの宝物なのよ」
その言葉を聞いた瞬間、ケンタくんの心の中に、ぽかぽかと温かいお日様が昇ったみたいになりました。
しょんぼりしていた気持ちが、すっかりどこかへ飛んでいってしまいました。
数えられないくらい「たくさん」もうれしいけれど、たった「ひとつ」の、かけがえのないものも、こんなに素敵なんだ。
ケンタくんは、お母さんの、たった1回の、でも世界で一番あたたかくて大きな「ぎゅー」を、満面の笑顔で受け止めました。
雨上がりのきれいな空気の中で、明日もまた、色々な「ひとつ」と「たくさん」を見つけようと、心に決めたケンタくんでした。
